夕陽よ、カムバック!

日招像/広島県呉市

音戸の瀬戸とは

広島県呉市は瀬戸内海に面した都市。軍港として栄えた町です。呉の市街地から国道487号線を南へ海岸沿いに走ると音戸の瀬戸(おんどのせと)と呼ばれる狭い海峡があります。

地図を拡大してみましょう。かなり狭い海峡であることがよく分かると思います。その幅はわずか90m。船が航行するための可航幅は60mしかありません。潮流も早く最大4ノット。ここを一日あたり約700隻もの船舶が行き交っています。

海上交通の要所となっている音戸の瀬戸ですが、実はこの海峡、昔は陸続きだったという伝説があるのです。

清盛、音戸の瀬戸でイリュージョンショー

安芸守だった清盛は日宋貿易や厳島神社参詣のこともあり、この陸続きの谷間を運河にして海上交通の利便性向上を図ろうとしました。長寛2年(1164年)清盛47歳のときです。
上の地図の黄緑色のピンのあたりに仮御所を建て、そこで現場監督にあたったのだとか。それゆえこの地は御所の浦と呼ばれ、今も現地には同名のバス停があります。

しかし陸続きの土地を海にしてしまうのですから、工事は大変です。清盛は安全祈願のため人柱の代わりに一字一石の経石を海底に沈めます。

約10カ月の工期の末に、いよいよ完成という日。現場は「なんとしても今日中に工事を終わらせたい。しかし終わりそうにない」状態になっていました。どんどん沈んでいく夕陽。さて、どうする清盛!

日招像

なんと清盛は山に登り、そこから沈みゆく夕陽に向かって扇を振り、太陽を呼び戻したのです。
その招きに応じる太陽もどうかと思いますが、結局陽は沈むことなく、その日のうちに工事は完了したのだそうで。そんなバカな…

とんでもない偉業をしてくれたということで、音戸の瀬戸の東岸の小高い山麓にある「音戸の瀬戸公園」には扇で夕陽を呼び戻す清盛の像、日招像が立っています。

日招像
  • 日招岩
  • 日招岩
  • 日招像のある場所から200m下ったところにある岩には清盛の足跡と杖の跡が残っています。この岩に清盛が立ち、沈みかける陽を招き返しました

さらに公園内には清盛を称えた小ぶりな二重塔も。

二重塔

音戸の瀬戸のその後

工事が終わり、開削された音戸の瀬戸は行き交う船で賑わいます。とはいえ音戸の瀬戸は大変な急流でした。あるとき、向かい潮で船がのらないのを怒った清盛が、舳先から海上を睨んだところ、急流がピタリと止んだという言い伝えも残っています。清盛おそるべし。

清盛のこれらの功績を村人は大いに讃えました。清盛の死後、元暦元年(1184年)供養のために清盛塚を建立。音戸大橋の真下にあります。

  • 清盛塚
  • 清盛塚
  • 岸からわずかに離れた海上に位置し、周囲49mの石垣に囲まれた塚の中央には、供養のために立てられた石碑があります

ある時のこと、「日招岩」あたりから数羽の白鷺が飛び立ち鳴き声をあげていました。それを眺める村人たちの清盛への哀傷の念はますます強まります。すると寺の僧が「日蓮が母を追慕した古事に従い、供養せよ」と論したのでした。
村人たちは工事の際に人夫を鼓舞するために打ち出した太鼓の音頭拍子に合わせて念仏を唱え、夜を踊り明かします。この「念仏踊」からはじまったのが「清盛祭」です。

いつしか百万石の格式を持つ大名行列になった音戸清盛祭は毎年旧暦3月3日に開催。その後、莫大な経費がかかるために明治中頃には数年おきに実施となり、昭和27年(1952年)に開催後はしばらく途絶えていました。
しかし平成3年(1991年)に復活し、それ以降は5年に一度行われ、以前にもまして豪華で勇壮なものとなっています。

音戸の瀬戸は昭和26年(1951年)運輸省により7年の歳月をかけて工事を行い、30mだった幅を倍に、水深も15mまで掘り下げられました。
また、本土と倉橋島を結ぶ音戸大橋も昭和36年(1961年)に開通。橋の突端部の道路用地の斜面にはツツジが植栽されています。
また、平成25年(2013年)には2本目の橋第二音戸大橋(日招き大橋)も開通しました。

音戸大橋
  • 音戸渡船
  • 音戸渡船
  • 300年の歴史を持つと言われる渡し船も現役。両岸を片道3分で結びます。運賃は大人片道70円とリーズナブル

画像引用:広島県商工労働局観光課様
(http://www.kankou.pref.hiroshima.jp/)



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  • 日招像
  • 住所 広島県呉市警固屋
  • 電話 ー
  • 開門時間 境内自由
  • 見学料 無料
  • 交通 広島呉道路呉ICから約40分


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  • 音戸ちりめん
  • 呉市音戸町は「ちりめんじゃこ」で有名な町。もともと音戸町はちりめんを獲るための網の生産地として知られていて、「ちりめん」を獲るために「音戸の網」を使用していたことから「音戸ちりめん」として有名になったようです。 関東では「しらす」と呼ばれています。音戸ちりめんは波の穏やかな瀬戸内で水揚げされた片口鰯(かたくちいわし)の稚魚を素早く釜で炊き上げ、天日乾燥で適度な乾燥度に仕上げた、日本古来からの自然食品。洗練された加工技術で絶妙な乾燥具合に仕上げられたこの味、ご飯の友にどうぞ。


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