清盛、出家する

能福寺/兵庫県神戸市

清盛、頂点に立つ

院政を停止されてしまった後白河上皇ですが、停止を命じた二条天皇はあっさりと崩御してしまいます。
続いて二条天皇の子である六条天皇が即位しますが、そのときなんとまだ生後7ヶ月。即位式の最中に泣き出してしまい、慌てて乳母が授乳させて落ち着いたというエピソードが残っています。

当然政務が執れるはずもないので、清盛の娘婿である近衛基実(もとざね)が摂政を務めていました。そうしているうちにも清盛は着実に出世。永万元年(1165年)48歳のとき、1月に兵部卿(ひょうぶきょう)になったかと思えば、8月には大納言、翌年10月に春宮大夫(とうぐうたいふ)、11月に内大臣という具合です。

人の生死は分からないものです。基実急死。基実の弟の松殿基房(まつどのもとふさ)が摂政を引き継ぎました。

清盛、神戸へ

翌年2月に清盛は従一位太政大臣に昇進します。これ以上の位はないとされる最高位ではあるのですが、この時代の太政大臣は実権のない名誉職に過ぎません。清盛はわずか3ヶ月で辞任して、政界から引退するのです。その跡は息子の重盛が継ぎます。

悠々自適の隠居生活…のはずでしたが、ここで清盛、病に倒れてしまいました。寄生虫の病だったのだとか。
後白河上皇は清盛の病状が政情不安をもたらすことを不安視。予定を早め、まだ在位2年8ヶ月の六条天皇を憲仁親王に譲位させることで体制の安定を狙いました。これにより六条天皇は歴代最年少上皇に。

兵庫大仏

病に倒れた清盛は出家を思い立ちます。その場所は神戸。
JR神戸線兵庫駅から15分ほど歩いたところにある寺、能福寺(のうふくじ)です。

ここには奈良でも鎌倉でもないのに、大仏が鎮座しています。
その名も「兵庫大仏」は、開港以来急速に増えたキリスト教信者に危機感を抱いた仏教徒らが、仏教のシンボルである大仏を建立したのがはじまりで、戦時中の金属回収で解体され、現在あるものは平成3年(1991年)にできた二代目です。

  • 能福寺本堂
  • 能福寺本堂
  • 延暦24年(805年)に最澄によって創建。日本最初の密教教化霊場

出家した清盛は、神戸を舞台に日宋貿易を展開、大いに財を獲得します。平家一門は荘園を全国に500以上も所持するという大富豪状態でした。

もうひとつの清盛のゆかり

こちらの能福寺にはもうひとつ清盛のゆかりがあります。それは平相國廟(へいしょうこくびょう)と呼ばれるもの。いわゆるお墓です。
清盛の墓はいくつかあって、これはそのうちのひとつになります。

  • 平相國廟
  • 平相國廟
  • 清盛が京都で荼毘にふされたとき、この寺の住職円実法眼(えんじつほうげん)が遺骨を持ち帰り寺領内に埋葬。
    さらに弘安9年(1286年)、執権北条貞時(ほうじょうさだとき)が平家一門の盛衰を哀れみ、十三重石塔を建て清盛の霊を弔ったとされています

画像引用:神戸観光壁紙写真集様(http://kobe-mari.maxs.jp/)


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  • 六波羅蜜寺
  • 住所 兵庫県神戸市兵庫区北逆瀬川町1-39
  • 電話 078-652-1715
  • 開門時間 9時~17時
  • 拝観料 無料
  • 交通 JR神戸線兵庫駅 徒歩15分
    神戸市営地下鉄海岸線中央市場前駅1番出口 徒歩10分


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