妓王と仏御前の悲哀

祇王寺/京都府京都市

仏御前の登場

今回のストーリーは清盛のイヤな部分がモロに出てしまう筋書き。史実がどうだったかはよく分かりませんが、平家物語では清盛はかなり嫌味な描かれ方をしているのです。

その前に、仏御前(ほとけごぜん)という女性を紹介しましょう。
仏御前は福井県の大野市、今は仏原ダムの底に沈んでしまった栃沢という地区で生まれたとされています。


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ダム湖に架かる琴洞橋の脇から登山道を10分ほど登った先にある仏御前の滝はその落差100m、三段になった立派なもので、新緑から梅雨の頃が水量が増えて壮観な見ごたえ。この滝の水で仏御前が髪や顔を洗ったことから、このように命名されたそうです。

仏御前の滝

仏御前の生誕地とされている土地がもうひとつあります。
場所は石川県小松市。市街地から進んだところの原町という地区で、その地にかつてあった五重の塔の塔守をしていた白河兵太夫という男の娘として永暦元年(1160年)に生を受けます。


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千歳(ちとせ)という名前でしたが、幼いころから信心深かったためにいつしか「仏」と呼ばれるようになっていました。
仏御前は大層な美人で歌や舞も上手かったため、承安4年(1174年)14歳のときに叔父を頼って京の都へ上がり白拍子として活動を始めます。
早くも2年後、16歳になるころには白拍子の名手となっていました。

妓王の苦難

さて、妓王という女性を覚えているでしょうか。やはり白拍子の名手で清盛に目を掛けられて、西八条殿に囲われていた人物です。清盛の庇護のおかげで何不自由のない生活を送っていました。

そこへ現れたのが仏御前。自慢の白拍子を清盛に披露するためにやって来たのです。呼ばれもしないのに。
そんな不躾な態度に清盛は怒ってしまいます。「仏御前? 神か仏か知らんけど、白拍子なら妓王が既にいるからもう充分(妓王があらん所へは、神ともいへ仏ともいへ、かなふまじきぞ)」といった具合。

しかしよせばいいのに妓王が助け船を出してしまうのです。
「そう言わず会ってあげてください」と。
同じ白拍子同志ですから気持ちが通じるところもあったのでしょう。けれどもこの一言がとんだ藪蛇になってしまいます。

  • 清盛の前で舞う仏御前
  • 清盛の前で舞う仏御前
  • 歌詞が7,5,7,5,7,5,7,5の節で構成される歌である今様(いまよう)と舞を披露する仏御前の姿を清盛たちが眺めています。今様は後白河法皇もハマったと記録に残るほど当時流行しました

実際、仏御前に会って歌を聞き、舞を眺めてみるとそれは素晴らしいもので清盛はいっぺんに惚れこんでしまいました。用は済んだとばかりに退出しようとする仏御前にしつこく滞在を勧めます。
「妓王様がいるのに、私を誘うだなんて、それは妓王様に失礼ってものです」とやんわり断られた清盛。

すると、あろうことか「じゃあ、妓王がいなけりゃいいんだ」と脳内変換し、妓王に屋敷から出て行くように命じてしまうのです。
妓王、ものすごいとばっちりです。
泣く泣く荷物をまとめ、障子に歌を書き残して屋敷を出て行く妓王……

萌え出づるも枯るるも同じ野辺の草 いずれか秋にあはで果つべき

歌は「萌え出る若葉も枯れる草も、結局同じ野の草、晴れやかな時期もあるけれど いずれ凋落の秋に逢わずに終わることはありません」という儚いもの。若一神社に歌碑があります。
妓王は泣いて過ごすことになりました。

年が明けて春、清盛から妓王に手紙が届きます。
「元気にしてるか? 仏御前が寂しそうにしてるから、こっち来て歌や踊りで彼女を慰めてくれ(仏御前があまりにつれづれげに見ゆるに、参って今様をも歌ひ、舞なんどをも舞うて、仏なぐさめよ)」

清盛、ヒドすぎ
挙句に悲しくて返事すらできない妓王にイライラして「返事よこさないならこっちだって考えがある!」と追い打ちの脅迫までする始末。
やむを得ず妓王は屋敷へ参上したのですが、用意されていたのはあろうことか下座の末席。酷い待遇に妓王は涙ポロポロ……

それに気づいた仏御前が清盛に進言するものの全く聞き入れず、
清盛は仏御前を慰めるために今様を謡い、舞を踊りなさいと妓王に命じます。

仏も昔は凡夫なり 我らもついには仏なり 何れも仏性具せる身を 隔つるのみこそ悲しけれ

妓王が泣く泣く二度繰り返した詠った今様は即興ながら見事なもので、周囲は感涙。
意味は、「仏(=ブッダ、仏御前)も昔は普通の人でした。妓王も最後には仏になる身、どちらも仏になる素質が備わった身体なのに、分け隔てるのは悲しいことです」

この今様、実は替え歌なのです。梁塵秘抄(りょうじんひしょう)に収められている「仏も昔は人なりき 我等も終には仏なり 三身仏性具せる身と 知らざりけるこそあはれなれ」(仏も昔は人でした。我々も最後には仏になる身。仏になれる素質が備わった身体だと知らずに生きることは悲しいことです)が元歌になっています。

清盛も感心し、妓王にねぎらいの言葉を掛けるのですが、どうも一言多い。
「今後はこちらから呼ばなくても参上して、今様や舞で仏御前を慰めておくれ」
あんたって人はもう……

悔しさに耐えられなくなった妓王は家に戻るなり死にたいと泣き続け、妹の妓女まで姉さんの後を追って死ぬと宣言する始末。母親は泣きながらそれを諌めるのですが、死ぬのが無理ならせめて出家を、と姉妹そろって尼になってしまいました。
妓王21歳、妓女19歳の若さでの出家。追って母も出家してしまいます。

訪ねてきた仏御前

祇王寺

出家した先は嵯峨野の往生院です。今は祇王寺(ぎおうじ)と呼ばれ、隣には横笛が斉藤時頼(滝口入道)を訪ねてきた滝口寺があります。往生院は明治初期には荒廃ののち廃仏毀釈により廃寺となっていました。しかし祇王のゆかりの地だと知った元京都府知事、北垣国道氏が別荘を寄進して祇王寺を造り、再興したのです。

祇王寺

妓王、妓女、母の刀自が出家して早や半年が経過し、秋になりました。
ある日の夜、3人が勤行にいそしんでいると門戸を叩く音がします。こんな時間に誰だろうと出てみると、仏御前でした。

  • 妓王を訪ねてきた仏御前
  • 妓王を訪ねてきた仏御前
  • 訪ねてきた仏御前は既に尼の姿で髪も切り落としていました

仏御前は「清盛の寵愛を受けても、いずれは妓王が受けたような扱いをされるかもしれないし、なにより自分を清盛に引き合わせてくれた妓王に対してこのような仕打ちをしてしまう羽目になったことが申し訳ないのです。
なにより『仏も昔は凡夫なり』の今様が我が身の行く末を言い表しているようで、清盛のそばを離れて出家したいと思い、訪ねてきました」と泣きながら話します。要は家出してきたわけです。

祇王寺

彼女の決意の固さを理解した妓王は庵に仏御前を招き入れます。そして以降は4人で勤行の日々を送るのでした。仏御前はわずか17歳のときのことです。
祇王寺の境内には妓王、妓女、刀自の墓(写真左)と清盛の供養塔(右)が残っています。仏御前の墓はここにはありません。それにももちろん理由がありました。

妓王、妓女、刀自の墓と清盛の供養塔

故郷へ戻る仏御前

仏御前が妓王のもとへやってきてから数か月の時間が流れ、年が改まって安元2年(1176年)晩春のこと。仏御前は妓王に別れを告げます。

その理由は妊娠。清盛の子を宿していたのです。さすがに尼寺で出産はできません。心を決めた仏御前は故郷に戻り子を産もうと寺を発ちました。

京からひたすら身重の体で歩き続けた仏御前。福井県勝山市から峠を越えて石川県に入り、白山市の木滑(きなめり)まで辿りついたところで産気立ってしまいました。やむをえず近くにあった石にしがみつき、お産をはじめます
なんとか出産は無事に終わりました。うめき苦しむ身のまわりでブンブン飛ぶ蚊を、老婆が追い払ってくれたことに仏御前は礼を言い、この近辺から蚊がいなくなるよう祈ってあげたそうです。そのおかげか今でもこのあたりには蚊があまりいないのだとか。

  • 仏御前の安産石
  • 仏御前の安産石
  • 仏御前がしがみついた石は安産石と呼ばれ、さすると安産のご利益があるとされて信仰を集めています。木滑神社の境内に入ってすぐのところに祠があり、その中に安置されています

産後、仏御前はようやく故郷の石川県小松市の原町に帰りつきました。小さな庵で後世を暮らし、数年後の治承4年(1180年)、まだ22歳という若い身空で亡くなります。

仏御前の墓

屋敷の跡には仏御前の墓があり、今でも大切に管理されています。またここから300mほど森へ分け行ったところには仏御前が荼毘に付せられた場所があります。昔は廟があったそうですが、今は石堂と五輪塔だけが残るのみ。
ちなみに、宝探しの目的で村人が墓を掘ってみたところ、雷鳴が轟いたため一目散に逃げて帰ったのち高熱で苦しんだという逸話も村には伝わっています。



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  • 祇王寺
  • 住所 京都府京都市右京区嵯峨鳥居本小坂32
  • 電話 075-861-3574
  • 開門時間 9時~16時半受付
  • 拝観料 大人300円、子供100円
  • 交通 JR京都線、琵琶湖線、奈良線、嵯峨野線京都駅中央出口 市バス45分嵯峨釈迦堂前下車 徒歩20分
    京福電鉄(嵐電)嵐山駅 徒歩35分
    JR嵯峨野線嵯峨嵐山駅 徒歩40分

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