源平合戦編 木曽義仲の死

宇治川先陣の碑/京都府宇治市

宇治川の戦い

後白河法皇を幽閉して天下を取った木曽義仲は、法皇に無理矢理頼朝追討の院宣を出させます。年が明けて寿永3年(1184年)1月には征東大将軍(せいとうたいしょうぐん)に任命されますが、彼の天下は長くは続かなかったのです。

義仲にとっては周囲は敵ばかり。兵を京へ向けて送りこんでくる頼朝をまずなんとかせねばと、義仲は平氏と和平を結ぼうとしますが、平氏にあっさり断られてしまいます
そして義仲は頼朝が派遣した兵との衝突を迎えるのです。

頼朝の兵は二手に分かれていて、一方は義経が率いる2,5000の軍が京都の宇治に、頼朝の異母弟の源範頼(みなもとののりより)率いる3万もの大軍は滋賀県大津市の瀬田に陣取ります。

  • 源範頼
  • 源範頼
  • 源義朝の六男。源頼朝の異母弟で、源義経の異母兄にあたります。頼朝の代官として義仲や平氏追討で活躍をみせますが、のちに頼朝に言いがかりのような謀反の疑いをかけられて殺されてしまいます

義仲自身は法皇を幽閉している院御所で警備にあたり、300騎の兵を宇治に、500騎を瀬田に送りました。
1月20日。宇治では宇治川を挟んで両軍がにらみ合います。この義経軍には頼朝から名馬を下賜されたふたりの武将が参戦していました。

ふたりの名は佐々木高綱(ささきたかつな)と梶原景季(かじわらかげすえ)。
景季は頼朝に名馬生月(生食・いけづき)を賜るよう願い出ますが、頼朝はそれを許さずに代わりに磨墨(するすみ)を下賜しました。

ところが景季びっくり仰天。高綱が磨墨に跨っているではありませんか。悔しさのあまり高綱を殺害して自分も死のうとまで考えた景季。高綱は不穏な空気を察知し、これはまずいと感じたのでしょう、機転を利かせて「この馬は賜ったんじゃなくって盗んだんだ」と嘘を答えてやりすごします。

  • 佐々木高綱
  • 佐々木高綱
  • 近江国の佐々木庄を地盤とする武将。頼朝の挙兵に際してともに立ち上がり、のちの鎌倉政権下では長門や備前国守護となります。東大寺再建にもあたり、高野山に出家してからは全国を巡り歩いて過ごしました

戦では誰よりも先駆けて敵陣に突っ込んでいく「先陣を切る」行為が勇気あるものと称賛されます。宇治川を挟んで対峙する双軍において、敵陣から矢が飛んでくる中を川をざぶざぶと渡って突っ込んでいくのは当然、非常に勇気ある行動なのです。

高綱と景季も栄誉欲しさにどちらが先に突っ込むかを争います。馬に跨り、川の中を進むふたり。
最初は景季がリードしていましたが、またも高綱は景季に「馬の腹帯が緩んでいるから締め直したほうがいい」と嘘を言うのです。そりゃいかんと立ち止まり腹帯を確認するも全然緩んでおらず、景季はまたもまんまと騙されてしまったのでした。
その隙に高綱は川を渡りきり、先陣の名誉は高綱が獲る結果となります。

宇治川先陣争図

これを宇治川の先陣争いと呼び、高綱の策略の巧妙さと先陣の結果を残した点を褒めたたえる人もいますし、小賢しい嘘で得た栄誉だと切り捨てる人もいて、評価は二分されます。

平等院のそばを流れる宇治川の中の島には、この故事を伝える碑が立っています。

宇治川先陣の碑

戦いは圧倒的兵力差で義経軍が勝利し、そのままの勢いで義経軍は入洛。義経は義仲との戦闘は部下に任せてそのまま院御所へ向かい、後白河法皇を保護し、法皇の幽閉が解かれます。
後白河法皇を伴って西国に逃げのび、平氏と共謀しようとも考えた義仲でしたが、それももはや叶わぬ話。京の六条河原での戦いでも破れ、命からがら東へ逃げて行くのでした。

粟津の戦い

翌日、滋賀県大津市の粟津にたどりついた義仲でしたが、運悪くそこで源範頼の軍勢に遭遇してしまいます。もはや戦力ゼロに等しい義仲は自害しようと死に場を求めてさまよいました。
しかし、またも情けないことに乗っていた馬が水田の泥に脚をとられて動けなくなっているところを弓矢で射され、命を落としたのです。

三草山の戦い

義仲の死は後白河法皇に喜びを持って迎えられます。法皇は義経と範頼にさらに平氏追討も命じ、両者は再度二手に分かれて西へ向かいました。

一方、岡山県倉敷市で起きた水島の戦いや兵庫県たつの市で起きた室山合戦で勝利した平氏もまた調子づき、拠点を屋島から福原へ東進。
義経軍は丹波路を進んで、福原を北から襲う手立てでしたが、それを察知していた平氏軍もまた兵庫県加東市の三草山(みくさやま)に陣を張り、2月5日、両者はここで対峙します。

そうこうするうちに日が暮れてしまいました。
さすがに戦闘は夜が明けてからだな、と油断したのは平氏軍。武装を解いてのんびりと休息していたところを、義経軍が夜襲をかけます。
戦うまでもなく、平氏軍は総崩れ。福原への退却を余儀なくされてしまったのです。
当然、義経軍はあとを追い、福原での戦闘に発展します。



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  • 宇治川先陣の碑
  • 住所 京都府宇治市宇治塔川・府立宇治公園
  • 電話 0774-23-3334(宇治市観光協会)
  • 開門時間 24時間
  • 拝観料 無料
  • 交通 京阪電鉄宇治線京阪宇治駅 徒歩10分


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