空海に出逢った清盛

金剛峯寺/和歌山県高野町

清盛、高野山で空海に出逢う

高野山金剛峯寺(こんごうぶじ)は言わずと知れた世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部ですが、なによりも真言宗の宗祖である空海(弘法大師)が宗教活動の拠点とした寺として有名。真言密教の聖地です。
空海は留学生(るがくしょう)として唐に渡航。長安の恵果和尚(けいかかしょう)に従事して密教の奥義を学びました。大同元年(806年)に帰国し、嵯峨天皇から高野山の地を賜ります。

高い峰に囲まれた平坦地である高野山に曼荼羅世界を創造すべく、空海は弟子達に命じて伽藍の建立に取りかかります。しかし工事は難航。空海の死後、弟子の真然(しんぜん)が約20年の歳月をかけて根本大塔(こんぽんだいとう)などの伽藍を整備したのでした。

根本大塔

さて、この根本大塔ですが、どうも火災に弱いようで。記録に残っているだけでも5度焼失していて、その度に建て替えられてきました。
清盛は、久安5年(1149年)落雷で焼失した根本大塔を再建するため、鳥羽法皇の命によって建立奉行を務めます。保元元年(1156年)にようやく完成し、清盛は根本大塔を拝したあと、奥之院へ参拝しました。

するとどうでしょう。どこからか老僧が現れ、根本大塔修理の完了を喜び、さらに安芸の厳島神社の修理をしろと勧めるのです。老僧の周囲には香の薫りが漂い、しばらくすると、老僧はふっと姿を掻き消してしまいました。
そこでなんと清盛は、この老僧は空海上人に違いないとなぜか確信したのだそうです。それでいいのかとツッコミたくはなりますが、さらに鳥羽法皇にその出来事を報告し、法皇までがそれを素晴らしいと讃えたという話。

  • 高野大師行状図画
  • 高野大師行状図画
  • 空海と対面する清盛

ちょうどその場所には大きな桜の木がありました。空海に対面したこのエピソードから、その桜の木を「対面桜」と呼んだそうです。また奥之院ではなく金堂前で対面したという説もあり「高野大師行状図画」にも金堂前に「対面桜」が描かれています。 ただ残念なことに、当時の対面桜は今は残っていません。

対面桜

血で塗られた曼荼羅

ちなみに、清盛は根本大塔再建の際、金堂に掲げる曼荼羅も寄進しました。「絹本著色両界曼荼羅図(けんぽんちゃくしょくりょうがいまんだらず)」と呼ばれるそれは、なんと清盛の頭の血を絵具に混ぜて描かせたシロモノ。通称「血曼荼羅」というおどろおどろしい名前がついています。

  • 血曼荼羅
  • 血曼荼羅
  • 平家物語では次のように記されています。「東曼陀羅をば清盛書かんとて自筆に書かれけるが八葉の中尊の宝冠をばいかが思はれけん我が首の血を出だいて書かれけるとぞ聞えし」



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  • 金剛峯寺
  • 住所 和歌山県高野町高野山132
  • 電話 0736-56-2011
  • 開門時間 8時半~17時
  • 拝観料 500円
  • 交通 南海高野山ケーブル高野山駅から南海りんかんバス11分 金剛峯寺前下車徒歩すぐ

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